マイノリティ・マジョリティ化する好きな国ランキング 【ドードー鳥が下す裁定】

海外旅行が趣味だと話すと、1番良かった国はどこかと質問されることが多い。

私はいつもイエメンと答えている。
ベタな回答を避け、あえてマイナーな国を選ぶというのが、その理由のひとつだ。

他の旅行者も同様の傾向にあり、少数派に思える人が、案外、多数派なのだろう。
小説や映画の好みなら、見栄を張り少数派を気取ることはあったが、国の場合は、判官びいきやアファーマティブアクションのような意識が働いていそうだ。

だが、知名度の低さで評価が高くなるのもおかしな話だ。逆差別にもなりかねないので、本当に1番良いと主張できる公平な基準が欲しい。

そこで、1番の国を決める方法とは何かを探ってみる。
仮に、今まで旅行したのが、タイシリアメキシコモーリシャスの4ヶ国だけだとし、その中で1番を選ぶとしよう。

まず最初に、旅で重んじる項目を列挙する。それらが国の好き嫌いにつながるはずだ。
ここでは、遺跡の見応え、自然の美しさ、人々の優しさ、食事のおいしさ、治安の良さを取り上げる。
続いて、これらの項目ごとに、遺跡といえばこの国、自然ならあの国というように、最も良かった国を選ぶ(どうしても感覚で決めざるを得ず、最初から直接1番好きな国をエイヤで決めるのと変わらないが、より細かな手順を踏むことで、精緻化が可能と考える)。
さらに、先の項目それぞれにつき、他の項目と比べどの程度価値を置くかを数値化する。全体を100としたときの各項目が占める割合を(これも感覚で)次の通り決めた。

 
項目 遺跡 自然 食事 治安
割合 30 20 23 15 12
1位の国 シリア モーリシャス メキシコ タイ モーリシャス

ここで、上表の割合を「票」と見なすと、多数決であるかのごとく扱える。
即ち、シリア:遺跡の30票、モーリシャス:自然の20票+治安の12票=32票、メキシコ:人の23票、タイ:食事の15票なので、32票のモーリシャスが優勝だ。
ハネムーンで行くような国が1位か…と考え直したくなるが、そもそも恣意性を排除するのが目的だから、これで終わりでよい。

ところが、よく見ると、1位のモーリシャスと2位のシリアの差はわずか2票。しかもシリアは最も割合の高い遺跡で1位だ。
では、念のため、この2国で決戦投票をすべく、各項目の2位以降の順位も次の通り付けた。

 
※国名は先頭1文字で表記(以下同様)
 項目   遺跡   自然   人   食事   治安 
30 20 23 15 12
 1位 
2位
3位
4位

モーリシャス対シリアは、例えば食事なら上表よりモーリシャス3位、シリア4位なのでモーリシャスが勝つ。各項目での勝者(太字で表記)がその項目の票すべてを得るとすれば、シリア:遺跡の30票+人の23票=53票、モーリシャス:自然の20票+食事の15票+治安の12票=47票。
なんと、決選投票だとシリアが優勝だ。

多数決と決選投票で結果が違うので、別の方法を加えたい。これまで上の順位からアプローチしていたが、発想を変えて下から見ていき、消去法で決めてはどうか。
まず手始めに、最初の多数決で最下位(15票)のタイを脱落させ、上表を次のように書き換える。

 
 項目   遺跡   自然   人   食事   治安 
30 20 23 15 12
 1位 
2位
3位

この書き換えられた表で再度、多数決をとる(1位が票を総取り)。
すると、シリア:遺跡の30票、モーリシャス:自然の20票+治安の12票=32票、メキシコ:人の23票+食事の15票=38票なので、最下位のシリアを脱落させて、また表を書き換える。

 
 項目   遺跡   自然   人   食事   治安 
30 20 23 15 12
 1位 
2位

同様に多数決をとると、モーリシャス:自然の20票+治安の12票=32票、メキシコ:遺跡の30票+人の23票+食事の15票=68票。
意外にも、最下位消去法ではメキシコが優勝だ。

3つに割れたので、さらに別の方法を試そう。
折角、すべての項目で順位を決めたのだし、順位ごとに細かく点数を与えてはどうか。つまり、1位は4点、2位は3点、3位は2点、4位は1点とし、それに票を乗じた値の合計を比べる(この方式をボルダー・ルールと呼ぶ)。
計算結果は、次の通りとなる。

 
 項目   点数   遺跡   自然   人   食事   治安 
- 30 20 23 15 12
 1位  4
2位 3
3位 2
4位 1

タイ:遺跡の30票×2点(3位)+自然の20票×3点(2位)+人の23票×3点(2位)+食事の15票×4点(1位)+治安の12票×3点(2位)=285
他の国も同様に計算すると、シリア:225、メキシコ:279、モーリシャス:211
※検算:285+225+279+211=1,000で、(4点+3点+2点+1点)× 100票と一致
あろうことか、ボルダー・ルールなら最初の多数決で最下位のタイが優勝だ。

以上、多数決、決選投票、最下位消去法、ボルダー・ルールで、それぞれ異なる国が選ばれた。一体どうやって1位を決めればよいのか。
「最も良かった国」を「支持政党」、各項目を「有権者グループ」と読み替えると、公平な選挙とは何かという問題にもなり、民意どころか個人の本意すらその存在が危うい。

自分の好みを知る難しさを示す例としてほかに、好きな理由をじっくり探すと却って好きな気持ちが弱まるとの説がある。幾つかはすぐに思いつくものの、やがて考え続けるのが億劫になり、それがあたかも対象物のせいだと錯覚するためらしい。
一方で、回想にふける際、ネガティブな事象に対しポジティブな表現を使うと、記憶も良い方向に変わるようだ。
「あの国では散々な目に遭ったが、今振り返ると貴重な体験だった」と繰り返し口に出すと、確かに評価は上がるだろう。誰だって過ぎ去りし旅の日々は美しくあって欲しいものだ。
こうした現象を勘案すれば、国別ランキングはどうも各国の評価を平準化してしまうと思える。

心理療法の世界では、多くの治療法について、個々の違いよりも共通要因(例えば医師と患者の関係性)の方が影響が大きいので、どれも効果は同程度と見なす考えがある(ドードー鳥の評決と呼ぶ)。
海外旅行もまた、国ごとの個性よりも、外国を訪れる行為自体から、多くの満足度を得ているのかもしれない。

豊富な選択肢は人を迷わせ、決断できなくさせる(ジャムの法則とか決定回避の法則と呼ぶ)。ひとつに絞るとは、それ以外の選択肢を捨てることで、選択肢が多いとは、諦めるものも多いということ。故に心理的な抵抗も強くなる。
好きな国でいえば、1番を決めることは、他はすべて1番でないと認めることにほかならず、旅の経験のほとんどが否定されるかのような気分を招く。

だからといって、したり顔で「みんな違って、みんないい」などというセリフを吐いたり、安易に多様性を礼賛するのもどうかと思う。
去り際に「ここは、もう来なくてもよい」と感じた国は少なからずあったし、逆にどんな手法のランキングでも、圧倒的に1番の国が出てくる可能性もあるわけだし。

いつか、そんな国が見つかる幸運を期待しつつ、今の私はイエメンが1番好きで、理由を深くは考えていない。
そして、過去の旅を思い出すときは、良い面を強調して自分に語り直し、記憶の上書き保存をするように心がけている。