成田離婚を防ぐ公平分割 【行脚の楽しみ「孤独」にあり】

今まで旅の時間のほとんどを、ひとりで過ごしてきた。
私と海外へ出掛けてくれる人が周りにいないからだ。

旅のパートナーがいたら、楽だろうなと時々思う。
2人いれば、一方が乗り物の切符を買う間に、もう一方が次の町の予習をしつつ荷物番といった分業が可能なうえ、1人当りの宿泊費や飲食代は安く済む。同伴者がいると会話に遮られて、どんな風景を見たのか忘れやすいというが、たとえそうでも少しは誰かと記憶を共有できるなら、それはそれでいい。

もちろん、ひとり旅が常に孤独なわけはなく、仲間を見つけて、部屋や食事をシェアしたり数日間ともに過ごすこともたまにはある。
そんなとき厄介なのが、主導権を巡る争いだ。

仮にナイロビでAとBが出会い、ケニアタンザニアを連れ立って回るとする。この辺りの観光では大抵、ガイドや車の手配が必要なため、最初から2名のほうがスムーズにいく。ルートはラム島、モンバサ、アンボセリ国立公園、ンゴロンゴロ保全地域、キリマンジャロ山、ダルエスサラームで、各地での滞在日数も折り合いをつけた。
順調に進んだ協議も、さらに詳細を詰めていけば、絶対にどこかで意見がぶつかる。揉める度にいちいち話し合うのも面倒だ。であれば目的地ごとにAかBのいずれかに主導権を与えてはどうか。例えば、行程の前半3箇所はA、後半3箇所はBが優先などと定めておけばよい。
ただ、両者の諸処に抱く期待は当然違う。折角の機会だし、銘々が憧れの場所で仕切りたい。そこで「勝者調整法」と呼ばれる手法を使う。

まずはA、Bそれぞれが合計100点になるよう、すべての目的地を採点。結果は下表の通りになった(滞在日数の差は点数に織り込み済み)。

 
目的地  A   B 
ラム島 10 15
モンバサ 8 6
アンボセリ 20 13
ンゴロンゴロ 36 24
キリマンジャロ 18 35
ダルエスサラーム 8 7
100 100

次に各地での主導権を、点が高い側に暫定で与える(上図の背景黄色)。Aが主導権を獲得した目的地の点数の合計は8+20+36+8=72、Bは15+35=50。単純にA+Bの最大化を目指すならこれで決まりだ。
しかし、Bはもちろん不満なので、Aが得たうちの1つをBに移す。このとき、A÷Bがミニマムなものを選ぶ。Bの点数を1増やすのにAから引く点数が低いほど、均衡後の双方の点数が上がるためだ。ゆえにダルエスサラームをBへ。

 
目的地 A B A÷B
ラム島 10 15 -
モンバサ 8 6 8÷6≒1.33
アンボセリ 20 13 20÷13≒1.54
ンゴロンゴロ 36 24 36÷24=1.5
キリマンジャロ 18 35 -
ダルエスサラーム 8 7 8÷7≒1.14
64 57  

Aの合計点は64、Bは57で、まだ差がある。A÷Bが2番目に小さいモンバサも移すと、Aは64-8=56、Bは57+6=63で今度は逆転だ。したがって、モンバサの主導権の割合を期間で分ける。
当地でのAの主導権割合をwとし、8w+20+36=15+6(1-w)+35+7を解くと、w=1/2。
計算結果をモンバサの点数に反映すると、Aは8×1/2=4、Bは6×(1-1/2)=3。

 
目的地 A B
ラム島   15
モンバサ 4 3
アンボセリ 20  
ンゴロンゴロ 36  
キリマンジャロ   35
ダルエスサラーム   7
60 60

やっと釣り合い、合計点は60。
ちなみに両者の配点が全く一緒なら合計点はともに50、まるっきり違えば(Aが30,30,40,0,0,0で、Bが0,0,0,30,30,40など)100だ。後者はパッと見では理想的だが、互いに相手のために0点の所へも行くはめになるので、普通はそもそも組まないはず。

あらかじめこうしてバランスをとっておくと、仲違いのリスクは減る。初めて出会った2人に限らず旧知の間柄も同様で、新婚カップルの成田離婚も回避できそう。勝者調整法は主に、別れる夫婦の財産分与で使うものらしいが、その予防にも役立つということだ。
さらにハネムーン以降の日常生活でも有効な例を考える。

 
家事 A(夫) B(妻)
洗濯 -10 -15
買い物 -8 -6
食器洗い -20 -13
料理 -36 -24
掃除 -18 -35
ゴミ出し -8 -7
-100 -100

家事を公平に割り振るにあたり、A、Bそれぞれが合計マイナス100点になるよう、個々の家事の負担感をマイナスで示すと上表の通りだとする。
これに基づき、より高い得点(マイナスが小さい)を付けた側が当該家事を引き受け、公平を図った双方の得点を極力高く(マイナスを小さく)したい。

 
家事 A(夫) B(妻)
洗濯 -10 15
買い物 8 -6
食器洗い 20 -13
料理 36 -24
掃除 -18 35
ゴミ出し 8 -7
-28 -50
 
家事 A(夫) B(妻)
洗濯 -10  
買い物 -4 -3
食器洗い   -13
料理   -24
掃除 -18  
ゴミ出し -8  
-40 -40

暫定割り当て直後はBの負担感が大きいので、A÷Bが最小のゴミ出しをAへ。Aは-28-8=-36、Bは-50+7=-43で差は縮まるが、まだ不足。次の付け替え候補は買い物だが、全部移すと逆転(A:-44、B:-37)してしまうため、一部にとどめる。
買い物のAの分担割合をwとし、
-10-8w-18-8=-6(1-w)-13-24を解くと、w=1/2。
つまり買い物はA、B半々でこなす。
ちなみに家事の場合、両者の配点は異なるほうがよい(Aが-30,-30,-40,0,0,0で、Bが0,0,0,-30,-30,-40などなら完璧)。

以上、旅と家事の例をみてきたが、いずれにおいても2人が正直に評価を表すことが大前提だ。
もし、どちらかがウソをつけばどう変わるか。
仮にBが料理を-24⇒-30、掃除を-35⇒-29に偽るとする。

 
家事 A(夫) B(妻) A÷B
洗濯 -10 -15 -
買い物 -8 -6 1.33
食器洗い -20 -13 1.54
料理 -36 -30 1.2
掃除 -18 -29 -
ゴミ出し -8 -7 1.14
-100 -100 -

暫定割り当て後、ゴミ出しをAに移すまでは先ほどと同じだが、その次の付け替え候補はA÷Bが1.2の料理だ。
分担割合をwとし、-10-36w-18-8=-6-13-30(1-w)を解くと、w=13/66。
よって料理は
Aが13/66やり、点数は-36×13/66≒-7.1、
Bが53/66やり、点数は-30×53/66≒-24.1となる。

 
家事 A(夫) B(妻)
本当
A(夫) B(妻)
ウソ
洗濯 -10 15 -10 15
買い物 -4 -3 8 -6
食器洗い 20 -13 20 -13
料理 36 -24 -7.1 -24.1
掃除 -18 35 -18 29
ゴミ出し -8 7 -8 7
-40 -40 -43.1 -43.1

合計点は-40から-43.1に減るが、もちろんそれはAだけ。
Bは本来、料理が-24なので、実際の点数は-24×53/66≒-19.3。真の合計点は-38.3で、ウソをついたほうが正直な申告の-40より高い(ウソの幅を広げればさらに点数は伸びるが、欲をかいてギリギリを狙い、Aとの大小関係が入れ替わると裏目に出る)。

旅の例でBがウソをつくバターンは、詳細を省き結果のみ示す。

 
目的地
 

本当

 

ウソ
ラム島 10 15 10 15
モンバサ 4 3 8 6
アンボセリ 20 13 20 13
ンゴロンゴロ 36 24 36×53/66≒28.9 30×13/66≒5.9
キリマンジャロ 18 35 18 29
ダルエスサラーム 8 7 8 7
60 60 56.9 56.9

ここでもAは悪化。
Bは本来、キリマンジャロが35、ンゴロンゴロは24×13/66≒4.7のため、真の合計点は61.7に改善。

Bの謀略は、過去のAとのやり取りから「Aのンゴロンゴロの点はかなり高そう⇒そこは諦めて、自分の点は少し上げる」とか「Aのキリマンジャロの点は自分よりも低いはず⇒だったら自分の点ももっと下げる」という悪知恵によるもの。
即ち、譲る場合は、いかにもそれが惜しい素振りをし(恩着せがましくギブ)、譲ってもらう場合は、さほど重視せずの姿勢を見せる(有難がらずにテイク)と優位になる。

Aが憐れだが、彼がBのウソに気付かなければ、知らぬが仏でシェアのメリットを得られる。
問題は疑いが芽生えたときだ。不公平を嫌うのは進化の過程で脳に組み込まれた根深い感情ゆえ、「Bに騙されているんじゃ…」と悶え苦しむ。我々は他者のなかに自己の醜い面を探すので、実はA自身が隙あらば周りを出し抜くタイプなのかもしれない。

そんな手合いは寂しかろうが、不便だろうが単独で行動すべき。
信頼できずに悩むくらいなら、誰かと組むことは諦め「行脚の楽しみ『孤独』にあり」と強がればよい。因果が逆で、孤独が不信を招くのだとしても。
旅も人生も犀の角ようにただ独り歩め。