ドミトリー内の分居モデル 【灰色の脳細胞を働かせてグレーのセルを動かせ】

他者との交流は適度であれば海外旅行の醍醐味になる。
現地に住んでいる人や別の国から来た旅行者と接し、彼らの考え方、生活習慣を知るのは面白い。

日本人が相手でも普段は縁のない属性の人と不意に出会える。そもそも旅が長期に及ぶと母国語での会話に飢えるものだし、出入国関連の情報交換は同じ国のパスポートを持つ者同士のほうがいい。
かくして、日本人旅行者の足は同胞が集う宿に向うことがある。そこでは邦人が寄り合い、日がな一日閑談に興じたり、共用キッチンで一緒に食事を作る姿が見られる。常に世界中とつながる通信環境が整っても、昔と変わらぬ情景だ。

片や逆に、あえて日本人を避けるタイプも一定数見かける。伝聞によると、日本語の問いかけは無視したり英語で応じるような人もいて、日本人旅行者の間で「あの人は変わり者だ」などと噂になるらしい。わざわざ海外に来てまで日本人と群れるのがイヤなのだろうが、さすがに度が過ぎると思う。

だが、そんな「日本人嫌いの日本人」も、その実いなければ困る貴重な人材だ。次の架空の話で理由を示す。

スリランカの観光地に建つ安宿のドミトリーで、日本人と旧ユーゴスラビアのA国人の旅行者が数名ずつ起居を共にしていたとする。国籍を問わず、部屋の中の人間関係は概ね良好だった。
ところがある日、室内で盗難事件が発生し、日本人とA国人の双方に被害が及ぶ。残念なことに、両国の幾人かは互いにもう一方の国の誰かが怪しいと考える。
しかしながら警察の捜査では何の手掛かりも得られない。担当の ニゴンボ Negombo 刑事は、疑い合うくらいなら、とりあえず日本人のベッドとA国人のベッドを引き離せと助言(彼の妻のアイデアのよう)。

これを受け全員で話し合うも、安全第一の賛成派と、多少は外国人とも触れ合いたい反対派に意見が分かれた。そこで一行は有名な私立探偵に相談。
名探偵 ポロンナルワ PolonNaruwa (以下、ポロワ氏と省略)は、各人のベッドを囲む異国人の割合を多くても2/3に抑え、ひとまず様子を見てはどうかと勧める。
部屋には下図の通り4行×4列で16台の1段ベッドがあり、日本人はJ、A国人はAで記す位置のベットを使用中。

PMT01

ポロワ氏の意図はこういうことだ。
例えば下図[あ行ア列]の日本人は周りがすべてA国人ゆえNG。よって移動すべき。
対して[う行ウ列]のA国人だと、周りはA国人2人と日本人4人なので、
4/(2+4)=2/3 でぎりぎり2/3以下だからOK(空きベッドは分母にも分子にも含めない)。

PMT02

2/3は多いと感じるが、試しにこのルールに則ってスプレッドシート上で配置を変えていこう。
その前に移動の要否がひと目でわかるように、各ベッドの状態がOK(〇)かNG(×)かを表す図も右に並べて作り、さらに見やすくするためにどちらの図も日本人とA国人で背景の色をグレーとオレンジに塗り分けた。

PMT03

セルI3を「=IF(C3="","",IF(COUNTA(B2:D4)=1,"〇",IF((COUNTIF(B2:D4,C3)-1)/(COUNTA(B2:D4)-1)>=1/3,"〇","×")))」とし、I3からL6にコピー

PMT04 PMT05

C3:F6について条件付き書式で「セルの値が」、「次の値に等しい」、「"J"」を選択/入力し、背景色をグレーに指定
"A"のときのオレンジも同様に追加

PMT06 PMT07

i3:L6について条件付き書式で「数式が」、「INDIRECT(ADDRESS(ROW(),COLUMN()-6))="J"」を選択/入力し、背景色をグレーに指定
"A"のときのオレンジも同様に追加

まず、[あ行ア列]と[あ行ウ列]の日本人がNGなので、2人をそれぞれ[え行ア列]と[う行イ列]に動かす。

PMT08

すると、今度は[う行ウ列]のA国人がNGになってしまった。ゆえに彼を[い行ウ列]に移す。

PMT09
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やっと全員OKだ。万事うまくいった。
と思いきや図をよく見れば、日本人とA国人が上下真っ二つに割れている。つまりニゴンボ刑事とポロワ氏の案は、ほぼ一緒だ。

ここでは意図的に極端な結末になる例を挙げたが、一般に集団同士が互いに少しでも抵抗を感じると、最終的に両者は分断してしまう(シェリングの分居モデル)。ドミトリーの1室で済む話ならまだいいが、こんなモザイクやタイルを広く平面充填させた社会は、健全とは言い難い。

そこで注目したいのは、先の「日本人嫌いの日本人」だ。
仮に[え行イ列]がそんな人だとする(日本人嫌いなのに何で日本人だらけの宿に泊まるのかとの疑問もあろうが、選択の余地がないときもある)。この人の場合、盗難の有無に拘わらず、周りに日本人がいればNGだ。したがって[あ行ウ列]へ移動。

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関数がそのままだから[あ行ウ列]が×だが、実際は〇だ。わずか1人分の差とはいえ、いくらかは偏りが和らいで見える。世界全体に敷衍すれば、だいぶ違うはずだ。逆方向への差別が予想外に事態を改善し、セレンディピティへとつながった。

集団のメンバーの大半が反差別の人道主義者なら当然、分断は起きにくいが、誰しも文化や習慣を異にする相手には、多少の警戒感や嫌悪感を抱きがち。先の例もヨソ者を2/3まで許す「寛容」な態度なのに「俺たちとあいつら」に引き裂かれた。仮にグループを増やしても、反目しあう細かい小集団になるだけのよう(バルカン化)。
であればせめて、同胞を遠ざけ異国の集団に飛び込む人を、そっと見守ろう。決して変人呼ばわりなどすべきでない。
さらに言うと、同様の結論は「日本人嫌いの日本人旅行者:日本人旅行者全体」のほか「日本人旅行者全体:日本人全体」の構図でも得られそう。

もっとも、以上は平時における話であって、伝染病がはびこる状況だと旅行者は変わり者どころか悪者にもなる。そしてやはり人々が断絶に至るのは周知の通りだ。

ちなみに盗難は、窓から侵入した野生のサルの仕業だったことが、もうひとりの名探偵、 シーギリヤロック SigiriyaRock ホームズの活躍で明らかにされた。


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